「歩けるようになったのに、出かける前で止まる」
リハビリで歩行が安定してきて、「そろそろ一人で出かけてみよう」と思った矢先に、玄関で足が止まる。
そんな経験はありませんか。
靴下を履こうとして、立ったまま足を持ち上げる。ふらっと体が傾いて、あわてて壁に手をつく。
靴を履こうとして、ひもを結ぼうとするけれど、片手ではうまく結べない。結び目がゆるいまま歩き出して、途中で脱げそうになる。
歩くことは練習してきたのに、「靴下と靴」は練習してこなかった。だから、ここで止まる。
実は、靴下と靴は、脳卒中後の生活動作の中でも「同時に必要な動作の数」が多いところです。片足立ち、前かがみ、指先でつまむ、ひもを操作する、かかとを合わせる。この5つが、ほぼ同時に求められます。一つひとつはできても、重なると通しにくい。これが「出かける前につまずく」の正体です。
なぜ、靴下と靴は難しいのか
1. 立ったまま履くと、片足立ちになる
靴下も靴も、多くの人は「立ったまま、片足を少し持ち上げて」履いています。これは、健常な人でも片足立ちのバランスが必要な動作です。
脳卒中後は、麻痺側の足で体重を支えるのが難しかったり、体幹のバランスが不安定だったりします。その状態で片足立ちをすると、ふらつきが大きくなり、転倒のリスクが上がります。実際、介護が必要になった主な原因の第3位は「骨折・転倒」とされており、転倒は生活の自立度に直結します。
つまり、靴下と靴が「難しい」のは、手の問題だけではなく、姿勢とバランスの問題でもあるのです。
2. 麻痺側の足は「持ち上げる」「つま先をそらす」が苦手
靴下を履くとき、足先を少しそらせて、つま先から入れます。麻痺側では、この足首の動き(つま先を上げる動き)が出にくいことがあります。
また、靴下の口を広げて足を入れるとき、足そのものを少し持ち上げる必要があります。これも麻痺側では難しくなりがちです。「手が届かない」だけでなく、「足が思うように動かない」という二重の難しさがあります。
3. 片手では「押さえる」ができない
靴下の口を広げながら足を入れる。ひもを押さえながら結ぶ。これらの動作は、片方の手で「広げる・押さえる」をして、もう片方で「入れる・結ぶ」をする、という役割分担で成り立っています。
片麻痺では、この「押さえる側の手」が使いにくい。だから、両手でやっていた動作が、いきなり難しくなります。
ここで知っておきたいのが、麻痺側の手は「使わない手」ではなく「押さえる手(補助手)」として使えるという考え方です。たとえばパンを切るときに、麻痺側の手のひらでパンを押さえると、健側で安全に包丁を動かせます。靴下でも同じで、麻痺側の手のひらで靴下を膝に押さえつけておく、という使い方ができます。
4. 靴ひもは、指先の「つまんで結ぶ」動作
靴ひもを結ぶのは、指先で細いものを「つまむ」「持つ」「通す」「引く」の連続です。脳卒中後は、指先の細かい動きや、つまむ力が落ちやすいので、この動作が難しくなります。
しかも、ひもは結び目が緩むと歩行中にほどけます。ほどけたひもを踏むと、それだけで転倒の原因になります。
靴ひもの本当の役割は「結ぶこと」ではない
ここで一度、靴ひもについて考え方を変えてみます。
靴ひもは、何のためにあるのでしょうか。「結ぶため」ではありません。靴ひもの本当の役割は、かかとを靴に固定することです。
靴は、かかとが固定されているからこそ、足を前に運びやすくなります。かかとが浮くと、足は靴の中で滑り、踏ん張りが効かなくなります。
つまり、ひもを「結ぶ」ことは目的ではなく、かかとを固定するための手段にすぎない。ということは、結ばなくてもかかとが固定できれば、それでいいのです。
これは靴選びの場面でも同じです。リハビリの現場では、靴の形は「かかとを覆うタイプ」がすすめられています。スリッパやサンダルは、つまずきやすく、脱げやすく、すべりやすいため注意が必要です。
その2:ラクな靴が、歩きにくい靴になる
「ひもを結ぶのが大変だから、ひものないスリッポンにした」「かかとを踏んだまま履いている」。
この選択は、とても自然です。脱ぎ履きは、たしかにラクになります。実際、かかとを踏んだまま履く癖は、多くの方が一度は通る道です。
ただし、ここに落とし穴があります。
かかとが固定されない靴は、歩行を不安定にします。 脱ぎ履きのラクさと、歩きやすさは、実はトレードオフの関係にあるのです。
かかとを踏んだまま履いていると、足が固定されず、歩くたびに靴の中で足が動きます。脱げやすく、つまずきやすい。せっかくラクにしたのに、転倒のリスクは上がってしまう。これが、知らずにやってしまいがちな「逆転現象」です。
「ラクにしたのに、歩きにくくなった」と感じているなら、それは気のせいではありません。仕組みの問題です。
解決策:3つの「変える」で、出かける前が通しやすくなる
ここからが本題です。ポイントは、無理にできるようにするのではなく、やり方と道具を変えることです。
変える① 「立って履く」を「座って履く」に
まず、立ったまま履くのをやめましょう。椅子にしっかり座り、足を反対の膝にのせて(足を組んで)、膝の上で履く。これなら、片足立ちのバランスが要りません。
座って足を組むのが難しい場合は、低い椅子やベッドの端に座り、膝を外側に開いて履く方法もあります。膝の上にのせるのがつらいときは、足の下に台を置くだけでも、手を伸ばす距離が縮まります。
そして、麻痺側の足から履くのが基本です。着替えと同じで、「麻痺側から」が原則。健側から先に通すと、最後に麻痺側を通すときに姿勢が崩れやすくなります。
変える② 「結ぶ」を「結ばずに固定する」に
これが、この記事でいちばんお伝えしたい“なるほど”ポイントです。
靴ひもを、伸びるゴムひも(結ばない靴ひも)に替える。
これだけで、ひもを結ぶ動作が丸ごとなくなります。しかも、ゴムが伸び縮みして足を包むので、歩行時はかかとが固定される。つまり、「脱ぎ履きはラク、歩行時は固定」という、いいとこ取りができるのです。
やり方は簡単です。もともと付いている靴ひもを抜いて、伸縮タイプの靴ひもを通し、端を結んでおくだけ。靴によっては、通し方の説明書が付いています。100円ショップや通販で手に入るものも多く、靴そのものを買い替える必要はありません。
ひもを替えるのが難しい場合は、次のような選択肢もあります。
- 面ファスナー(マジックテープ)式・ファスナー式の靴:ひも靴よりも着脱が簡単で、適切に締め付けやすいとされています
- 靴べらを使う:前かがみの量を減らせます。ひものある靴でも、靴べらがあれば「差し込む」動作がラクになります
- お気に入りの靴をあきらめない:ひもを替えるだけで、今ある靴がそのまま履きやすくなります
「脱ぎ履きがラクな靴に買い替える」のではなく、「今ある靴を、ラクに固定できるように変える」。この順番で考えると、歩きやすさを犠牲にせずに済みます。
変える③ 「手で押さえる」を「道具に固定させる」に
片麻痺の生活では、「押さえる」を道具に任せるという考え方がとても有効です。対象物が動かないように固定する道具は「自助具」と呼ばれます。
靴下の場面では、次のようなものがあります。
- 滑り止めマット:椅子の上や床に敷いて、靴下が動かないようにする
- ソックスエイド(靴下を履く自助具):前かがみにならず、座ったまま履ける道具
- 滑り止め付きの靴下:床で滑りにくく、立ち上がるときも安心
ただし、ひとつ注意点があります。ソックスエイドは、片手で装着するときに工夫が必要なものが多いのです。本体に靴下をセットする動作が片手では難しく、せっかく買っても使わなくなることがあります。買う前に、実際に片手でセットできるかを確認するか、リハビリの担当者に相談してから選ぶと安心です。
道具は「あれば必ず使える」わけではありません。自分にとって使いやすいかどうかが基準です。
靴を選ぶときの5つのポイント
道具を替えるのと同時に、靴そのものも見直しておきましょう。リハビリの現場でよく挙げられるポイントは、次の5つです。
- サイズと形:つま先に1〜1.5cmの余裕、甲が締まっている、かかとに当たりがない
- かかとを覆う形:スリッパやサンダルは避ける
- 十分な屈曲性:足の指の付け根で曲がる靴底。硬すぎると、すり足や疲労の原因になります
- 重さとバランス:重すぎない(片足900g以下が目安)。つま先が重いと、つま先が上がりにくく、つまずきやすくなります
- つま先の高さと滑りにくさ:つま先が少し反り上がっている、靴底が滑りにくい
なかでも見落とされやすいのが、つま先の高さです。つま先が低い靴は、床につまずきやすくなります。デザインや軽さだけで選ぶと、ここが落とし穴になります。
また、靴底の減りもこまめに確認してください。減った靴底は滑りやすくなります。
朝の支度を「通し」で練習する
ここまでの内容を、朝の流れに落とし込んでみます。
- 椅子に座る(立ったまま履かない)
- 麻痺側の足から、足を組んで靴下を履く
- 靴下のつま先が余ったら、足の裏を床につけて軽く引き上げる
- 靴に足を入れ、かかとを床にトントンと当てて、かかとを合わせる
- ゴムひもなら、そのままでOK。面ファスナーなら留める
- 立ち上がる前に、かかとが浮いていないか確認する
ポイントは、「立つ」を最後に回すことです。座っているうちに、できることを全部終わらせてしまう。これだけで、朝の支度の安心感はかなり変わります。
もし途中で疲れるなら、靴下までを朝、靴を玄関で、というように分けて行うのも立派な工夫です。一気に通そうとしないこと。これも、生活動作を長く続けるコツです。
よくある質問
Q. ひものないスリッポンは、使わないほうがいいのでしょうか。
A. 目的によります。「脱ぎ履きをラクにしたい」という目的は正しいので、玄関で履く靴として活用するのは問題ありません。ただし、外出して歩く時間が長い靴としては、かかとが固定されにくいぶん不利になります。歩く用の靴は、ひも(またはゴムひも)でかかとを固定できるもの。室内用・近所用はラクなもの。このように分けて考えると、無理なく両立できます。
Q. ひも靴を全部やめて、面ファスナー式に買い替えたほうがいいですか。
A. 買い替えは必要ありません。まずは今ある靴のひもをゴムひもに替えるのが、いちばん手軽で効果的です。それでも結ぶ動作がつらい、締め付けの調整がうまくいかないという場合に、面ファスナー式やファスナー式を検討するのがおすすめです。
Q. 麻痺側の手は、使わないほうがいいのでしょうか。
A. 逆です。麻痺側は「押さえる・支える・のせる」という補助の役割で使えます。靴下を膝に押さえておく、靴を手のひらで押さえる。こうした使い方をするだけでも、健側の負担が減り、動作が安定します。使わない時間が増えると、関節が硬くなり、生活もしにくくなります。
Q. 家族が手伝うときは、どうすればいいですか。
A. 「先回りして全部やってあげる」より、手順と道具を一緒に見直すほうが、本人の「できる」を残せます。たとえば、靴ひもをゴムひもに替える作業を一緒にやる、靴べらの置き場所を玄関に決める。手伝うというより、環境を整えるイメージです。
「靴が履ける」は、外出のハードルを下げる
靴下と靴は、地味な動作です。リハビリのメニューにも入りにくい。だから後回しにされがちです。
けれど、ここが通しやすくなると、外出のハードルが一段下がります。「靴を履くのが面倒だから、今日はやめておこう」がなくなるからです。
一度「できた」が積み上がると、次の家事や、次の外出にもつながっていきます。靴は、生活の入り口です。
もし、脳卒中後の生活で「歩けるのに、靴下と靴で止まる」「出かける前に疲れてしまう」と感じている方は、身体機能だけでなく、靴そのものと、履く順番を見直してみてください。
ニューロライフでは、その方の動き方や生活の流れを見ながら、「どこで止まりやすいのか」「何を変えると通しやすくなるのか」を一緒に整理しています。靴の選び方や、道具の試し方も、実際の場面に合わせてご相談いただけます。
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